森と海の街、Den Haagでのんびりライフ。美味しいもの、楽しいこと、いろいろ発見できるオランダ生活20年目。

オランダで宿屋さんやってます。

緑の街でB&Bとヒーリングサロンを営んでます。

令和の時代に思いやりの心を育てる。

日本は令和の時代に移動し、新しい時代への期待感で5月はスタートしているようです。

本日、新天皇・皇后両陛下をテレビを通して拝見し、皇后雅子様の笑顔に早くも癒されました。今もなお療養が続いておられる新皇后の健康状態がやはり心配されますが、新しい時代に雅子様が皇后になられた意味は大きいと私は思っています。

今の日本は会社や学校という組織、また家庭の中で一人が病んでいてもおかしくない時代です。それで日本の象徴であられる天皇家
嫁がれた雅子様の病状に、私たちの社会の中の問題と同じ共通点があることは不思議ではありません。

今もなお問題視されている将来の世継ぎ問題。
期待される重圧に耐えて、愛子さま出産後、心の糸がぷっつりと切れてしまわれた雅子様の状態がどのようであったかは想像の域でしかないですが、大変なお苦しみであったと思います。

帯状疱疹を患われた皇太子妃でした。

雅子様帯状疱疹後、適応障害と診断されて療養生活に入られました。
帯状疱疹に罹ったことがない方、知識がない方にはわからない痛みであります。

私も以前、帯状疱疹にかかったことがありますが、幸い、胸の下で運動神経が走ってないところに発疹がでたことから、医師の診断では「一番楽な場所」ということでした。

雅子様もかかった病気ですね。あの方はストレスでしょうなあ、とドクターはおっしゃっていて、私にも発病する前の生活状況を聞いてきました。一番痛みが少ない場所といわれる皮膚上の痛みでしたが、けっこう痛いのですよ・・・。これが頭皮や別の場所になると、「重症」になる可能性があるわけです。神経痛も残ることがあります。

帯状疱疹になる理由の多くは過度のストレス、抵抗力の低下などですが、体の痛みと心の深い痛みと同時にやってきますので、大変な病気と認識しています。


比べるのは気がひけますが、私が帯状疱疹に罹った時の事を書いていきます。


私の父は2年前に他界しました。最後の4年ほどは認知症の症状がありました。
まだ認知症と診断がでる前のことでしたが、私が帯状疱疹になる時まで親子にはある「儀式」がありました。
帰国する度に、かならず、父は私を自室に呼び出し、延々と説教を始めていたのです。

私の生き方を受け入れきれなかった父は、どうにか、私を普通の人間にしようと努力をしていました。不器用で口下手なのに
それはそれは毎回、一生懸命、私の将来について話をしてくるのです。私にとっての努力と父にとっての努力はまったく異なるもので、度々衝突し、最後は喧嘩で終了していたのですが、帯状疱疹にかかる数日前は状態が違っていたのです。

毎度のことながら、父に呼び出され、説教が始まったのですが、わたしもほとほとに疲れてしまい、親に会いたいから帰国するものの
帰国しても彼らのお荷物でしかない自分の存在に、ついに、私の中で糸が切れました。

わたしさえ居なければ、この人はこんな不幸を感じることもなかったのだろうな。と初めて思ったのです。

それまでは喧嘩する度に、ぜったいに認めさせてやる!という意地があったのですが、この時は違いました。

気の毒だ。

わたしさえいなければ。

とそのことだけが心にあり、

消えたい、もう逃げたい、という状態にまでなっていました。

その2日後、体の一部がヒリヒリしはじめて、なんとお正月に医療センターにいく羽目になったのです。


自分がストレス性の病気になったことに驚きましたし、後々考えると、心の状態がその時はちがっていたことに
気が付きました。

もう消えてしまいたい、わたしがいなければこの人不幸にならなかった。と完全に自己否定してしまった時に
戦いのスイッチが切れ、終わらせたい何かにとりつかれてしまったような感じでした。

親子の喧嘩でもこうなるのですから、

皇太子妃の立場でストレス性帯状疱疹となると、ご自分の存在の否定があられたのかもしれません。後、皇太子さまが
人格否定があった、とおっしゃっていました。

そこまで人に落とされると、普通の生活まで戻すのは容易なことではありません。

療養生活が15年目にはいられました。

人の目にさらされることもまた、苦痛であられたのだと思います。

振り返れば、平成は、人の思いやりがどんどん減った年月でもありました。戦争がなかったことは感謝すべきで、ありがたい事でありますが、人の心に戦いの火がどんどんついていった時代でもあったと思います。
嫉妬や妬み、理想像でない皇太子妃への批判もどんどんひどくなりました。

令和に入った今日も、批判を書く記事やブログが後を絶ちません。

その方たちがどのような立場なのか知りませんが、

品格ゼロということは確かのようです。


理想像を押し付ける、これはどこにでもあることです。

組織、家庭内、上司が部下に無理やり押し付ける人間像や、親の子に対する支配力など、だれにでも思い当たることですよね。

それなのに、天皇家のお一人が同じような被害にあっていることに対して

個人の行動の問題と思わせる風潮が日本の異常さであったと思います。

自分以外の他の人間をコントロールしようとするから、被害者続出になります。

まず他人をコントロールしないことから

令和は始まったらいいですよね。

で、やはり自分以外のだれか(芸能人でも、皇族でも)に気をとられて、イライラとかしている人見るだけで
あー、自分の問題みたくない人なんだろうなあって解ります。

誰かにイライラしたら、自分の内側見つめる作業をやったほうがいいです。

令和は英語の説明によると、beautiful hermony

優し気な音楽のような元号に私たちの気持ちも緩やかになっていくといいですよね。



今日もお読みいただきありがとうございました。

Shoko